懸命に母を生きた母

こんにちは。森の庵 司会の水野です。

仕事から帰ると玄関にリンゴの箱、季節ですね~。🍎

果物屋が配達してくれたらしい。

「この一箱で1000円なんよ!」と誇らしげに言う母。これは規格外のリンゴらしいのです。

普通のリンゴを買うより嬉しそうで、楽しそう。♪

でも、でも、食べきれるんか~い!(きっと…ジャムになる、というオチ)

 

リンゴの唄という歌がありますね。戦後の大ヒット曲。

あの頃はマイクの性能やレコードという環境のなかで聞く曲で音がとぎれとぎれだったり響きが悪かったり…

今ではそのアナログ音が素敵に聞こえる!時には懐かしい昭和の歌もいいもんです。

 

この歌が大好きだったお母さんのお式がありました。

施設でこの「リンゴの唄」をよく歌っていたそうです。

明るいお母さんは子供たちを守り大切に育てました。

当時は激動のこの国でした。苦労も多かったことでしょう。

ひとりで生きていくことも大変なのに、

子供たちを硬い壁になって守り、やわらかい枕になって寝かせ、

無言で生きる力を教えてくれたのです。

子供たちが巣立ってからも母の役目を終えることはなく

野菜🍅や花🌼を作って届けたり、漬物を教えたり。

 

その何気ない日々は、記憶の中にあり、

その記憶の中に他人を登場させることはできないのです。

お子様たちはこの記憶を語らずともふと思い出したとき

お母さんへの思いがあふれ出すでしょう。

 

お母さんは施設に入ってからも、変わらず「お母さん」でした。

施設の方にお話しを聞きました。

暗く落ち込んでいる人がいたら、声をかけるやさしい人。

なんでも残さず食べ、とくに甘いものが好きだった。

歌が好きで「リンゴの唄」「青い山脈」をよく歌っていた。

施設のスタッフの方にもお母さんらしい記憶を残してくれたのですね。

 

 

 

御家族、施設のスタッフの方が口にしたのは「ありがとう」の言葉でした。

お母さんが残してくれた思い出とともに、今日この日家族葬だからできるお母さんと家族との思い出を作りたい。

その気持ちがこみ上げ、家族全員で手をつなぐことを提案しました。✋

今日しかできない今日の思い出を作るのです。

こうして手をつなぐことは久しぶりという家族と初めてという家族。

でもいつかお母さんを思い出したときにこの「ありがとうの輪」が心熱くよみがえりますように。

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娘さんが持ってきた野菜。お母さんに習って作った漬物。

「上手にできなかったけど、持って行って。」

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そしてみんなが咲かせた花の寄せ書きを胸に抱いてもらい静かに旅立ちました。

 

大好きな「リンゴの唄」♪🍎を聞きながらの旅立ちでした。

 

「リンゴの唄」の大ヒットの陰にはその歌手と作り手に隠された物語があったそうです。

戦後の日本に力を与えたこの曲は切ないメロディーを明るく弾むように歌い上げています。

歌手に対して、戦後の苦境を支える歌にしたいという作り手の要求がありましたが

その歌手は戦争で父母兄を失い悲しみの中にいました。

それは酷な要求でしたが、このつらさを乗り越えるため声を弾ませて歌ったということです。

もしかしたらお母さんも苦しい日々をこの歌で乗り越えた来たのかもしれませんね。

 

記憶をたどると、悲しいこと悔しいことも一緒に思い出しますが、💦

その思い出というカテゴリーで探すとき、心が熱くなったり、懐かしんだり、ほっこりしたり。🌸

そういう探し方も備えておきたいですね。

 

森の庵 司会水野🎤